卓話ライブラリ

原田 泳幸 様2017年12月1日
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「44年のグローバルビジネス経験と経営理念」

㈱原田泳幸事務所 代表取締役
ソニー社外取締役 各社顧問
(元日本マクドナルド社長) 原田 泳幸 様

竹田 恆和 様 ・ 飯塚 翔太 選手2017年11月17日
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「東京オリンピックで夢と感動を!」

日本オリンピック委員会 会長 竹田 恆和 様
リオオリンピック 陸上100×4リレー
銀メダリスト 飯塚 翔太 選手

髙橋 茂樹 様2017年11月10日
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「ロータリー財団の知識を深めよう!」

国際ロータリー第2750地区
ロータリー財団委員会委員長
髙橋 茂樹 様 (東京世田谷ロータリークラブ)

山本 良一 様2017年10月20日
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「JFRグループの成長戦略について」

J.フロントリテイリング(株)
取締役兼代表執行役社長
山本 良一 様 (大阪ロータリークラブ)

平松 功治 様2017年10月6日
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「本校が目指す教育」

日本橋中学校校長
平松 功治 様

三村 明夫 様2017年9月29日
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「私益と公益のバランスについて」 卓話内容

東京商工会議所 会頭
新日鐵住金株式会社 相談役名誉会長
三村 明夫 様

服部 浩 様2017年9月8日
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「クルーズの魅力」

郵船クルーズ(株)
代表取締役社長 服部 浩 様

澁谷 耕一 様2017年9月1日
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「逆境は飛躍のチャンス ~常に新たなチャレンジを~」

リッキービジネスソリューション(株)
代表取締役 澁谷 耕一 様
(東京西北ロータリークラブ)

「私益と公益のバランスについて」

東京商工会議所 会頭
新日鐵住金株式会社 相談役名誉会長
三村 明夫 氏

本日は「私益と公益のバランス」というテーマで、日頃から私の考えていることをお話ししたいと思います。私益とは会社の利益であり、公益とは広い概念で従業員の給料とか地域との共生とか国の発展に対する寄与、こういうものを含めております。

実はこの両者のバランスは、やや抽象的なものとして受け取られがちですけれども、決して他人事ではありません。どんな経営者でも一生に一度は自らの会社の利益と公益とを、どうバランスさせるのか、非常に高次元のレベルで真剣に悩むことがあるはずです。

例えば昭和60年に始まる急激な円高の時代ですが、国内生産のコスト競争力が失われまして、多くの企業が海外移転を考えたはずであります。海外移転ともなると、国内の雇用は失われ、税金は支払われない、あるいは協力会社の仕事もなくなり、地方自治体の雇用や税収益に悪影響を与えます。しかし、一方で企業の存立を考えてみれば、これはやらざるを得ないが果たしてどうすべきか。こういう悩みをどう解決したらよいのか。また、様々な環境変化の中で企業の存続のためには大幅な固定費の削減が必要になってくる場合があります。当然設備も止めますけれど、それと同時に大量の人員削減が必要となります。企業城下町では、大問題になりますし、沢山の反対運動も起こります。さて、経営者としてどうすべきか。

あるいは、ステークホルダーに対してキャッシュフローをどう配分するのか等の事は、経営者の直面する日常的な課題であります。配当、設備投資、従業員への賃金、研究開発、役員報酬等々への配分でありますけれども、これらの適切なレベルを考えるには「会社は誰の為に、何の為に存在するのか?」という問いに、自分なりの哲学を持つ必要があるのだと思っております。最近議論されております判り易い例としては「労働分配率」があります。これは(労務費/付加価値)を示す値ですけれども、例えば、直近の大企業の労働分配率は43.5%と1971年以来の低水準になっていますが、これをどう考えるのか。あるいは経営者の報酬のレベルについての議論もよくなされます。従業員の平均給与とトップの給与の差はどの程度があるべきレベルなのか。アメリカでは大体400倍でありますが、日本では、大体20~30倍ということになっておりますけれども、果たして、どのレベルが適正なのか、これも一つの悩む点であります。

国によって市場経済のあり方は違いますので、このような私益と公益のバランスについてどこの国でも同じように経営者が悩んでいるかと云うと、必ずしも、そういう事でもないと思っております。「国家」「市場」「経営者」の三者のあり方がかなり異なっており、国家にも大きい政府と小さい政府との違いがあります。例えば、アメリカやイギリスの経営者に聞けば、「自分達は、株主から経営を委託されているのだ。したがって株主の価値の最大化が、一番のあるべき姿なのだ」と云う事で、このような悩みには冷淡だと思っております。一方で、ヨーロッパの経営者に聞けば、とりわけ北欧の経営者ですけれども、「確かにその通りだと、しかし私たちは、沢山の税金を払っており、失業だとか所得格差の解消とかは、国家のやるべき事であり、自分達は市場経済に基づいて行動するのだ」と、このような回答が帰ってくると思います。従って、同じ自由主義でも、国家、市場、経営者の役割についての考え方は、国によって異なり、大別してアメリカ型、ヨーロッパ型、それから日本型、こういう差が出てきているのではないだろうかと思うのであります。

自由主義経済と云うのは、ご存知の通り、社会主義・共産主義等の他の社会システムよりは、全体としては非常に効率的だし優れたシステムと言われております。それは個々の経営主体が、自らの最大利益を追求する事により、社会全体では、資源の最適配分がなされると。これは教科書にも出ている事です。しかしこのシステムには、大きな欠陥が二つあります。

その一つは、そのようなことを追求することによって所得格差が生じ、結果としては社会不安が増大する可能性があるということです。いま一つは、定期的に景気変動を作り出して、時には大きなバブルを発生させるという、所謂「市場の失敗」があると言う事であります。過去を振り返ってみますと、世界経済全体として、十年を周期として経済危機を繰り返しております。1987年のブラックマンデー、97年のタイに端を発したアジア通貨危機、それから2008年のリーマンショック。こうした景気変動に対処するのに「大きな政府」「小さな政府」の考え方の相違が生じますが、自由経済のこのような側面が、結果として、それから10年後のトランプ大統領の誕生や、欧州におけるブレグジットを生み出したのかもしれません。ただ、市場経済の効率性を引き出しつつ、その欠陥を補うという役割をどうしたら良いのかという事は、永遠の課題であります。そのような中で、国家にも役割が当然あります。「国家による所得の再分配機能」であります。「税金」「社会保障」「教育制度」、これらは、所得再分配を進める極めて有力な手段でありますが、国家も失敗する事はありますし、市場も失敗をする事があります。ただ、どちらかと言えば国家の失敗の方が遥かに影響が大きいので、国家は基本的に市場機能を補完するセーフティーネットとしての機能を果たす、という役割分担が正しいのだ思います。

その時にあわせて大事なのは、企業人のモラルだと思っております。欧米に比べて日本の自由主義経済においては、企業人のモラルがより重視される傾向が強い。よく「モラルなき経済は最低」だと言われておりますけれど、一方で「経済なきモラルは寝言に過ぎない」という事も事実であるのです。

このようにいかなる社会においても、経営者は極めて重大局面で私益と公益のバランスのとり方について大いに悩む事があるはずであります。但し、このバランスについては、普遍的に正しいバランスは存在せず、様々な人生経験の中で悩んだ結果、自分なりのバランスが生まれてくるものです。それは企業経営のまさにフィロソフィーとも言えるものであります。これまで日本の経営者、あるいは思想家が傾聴すべき考え方を述べておりますが、その中で私として注目している三つの考え方、これをご紹介致します。

一つめは、「論語と算盤(道徳と利益)は合一する」と云う渋沢栄一の考え方です。
明治維新の際、日本は欧米諸国と通商条約を結びましたが、これは例外なく不平等条約だった訳です。新政府はこの是正を図るべく、まず、イギリス公使パークスと議論致しました、日本国民はこのような不平等条約の是正を望んでいると言いましたところ、パークスからは「日本に国民の民意などあるのか、イギリスには商工会議所という組織があって、そこが民意をまとめているのだ」と言われた。これに触発されて大隈重信は渋沢栄一に、日本にも民意をまとめる組織としての商工会議所を設立するように依頼しました。明治11年(1878年)に渋沢栄一の東京、五代友厚の大阪、そして神戸にそれぞれ商工会議所が設立された。来年には設立140周年を迎えます。渋沢栄一は、深谷に生まれましたが、徳川慶喜に使え、大蔵省勤務の後、民間発展に尽力し500の会社と600の組織の設立に関与し、同時代を生きた岩崎弥太郎と当時の日本の工業・運輸関係企業の2/3以上の設立に関与したのであります。

二つめは、石田梅岩の「石門心学」です。江戸時代の武家優位の中で、町人の商行為の倫理的意義を説いたものであり、関西では現在でも勉強会が行われています。石田梅岩は「商人の儲けは武家の録と同様であり極めて正当なものであると説き、また「真の商人は先も立ち、我も立つ事を思うなり」と述べています。これは270年後の松下幸之助の考え方にも大きな影響を与え、また三越、大丸、松坂屋などの老舗長寿企業の家訓や精神にも影響を与えたと言われております。

三つめは経済同友会での議論ですが、富士ゼロックスの小林陽太郎氏とオリックスの宮内義彦氏との間での企業のあり方についての論争です。宮内氏の「経営者は、人間として立派であるかどうかではなく、企業経営を通じて最も効率的に利潤を上げるテクノクラートでなければならない」という主張に対して小林氏は「市場は完璧でない、現在の市場はあまりにも目に見える短期的な指標のみで評価されている。非経済的な部分も含めて企業の社会に対する貢献度をきちんと計るべき」と主張しました。両氏の議論はともに説得力があり、こうした根源的論争をする経営者がいることに対しては、同じ経済人の一人として誇りに思います。

このように市場経済の良いところを残し、その欠陥を補うものとして大切なのは、企業経営者のモラルなのですが、政府の役割も当然重要であります。政府の固有の役割というのは、ご存知のとおり、「軍事」「外交」「徴税」「教育」「公共工事」とあります。それと同時に、結果としての「所得不平等の是正」あるいは「社会のセーフティネット」の役割を果たす社会保障支出も重要な機能です。ただ社会保障のあり方については、国によって考え方が別れております。OECD諸国のGDPに対する社会保障支出を縦軸、それからGDP比国民負担率を横軸にして、各国の状況をプロットすると綺麗な右肩上がりの一直線となります。国民負担が小さい国は社会保障支出も小さく、国民負担が大きい国は社会保障支出も大きくなります。これは当たり前のことであります。社会保障支出が小さく、国民負担率も低い「小さい政府」の代表はアメリカ、オーストラリア、韓国。一方逆の「大きい政府」には、フランス、デンマーク、ベルギー、オーストリア、イタリア、EU諸国の大部分がこれにあたります。その中で日本はどこに位置するのでしょうか。日本は国民負担率が低いにも関わらず社会保障支出が大きい例外的な国です。これはちょっとおかしいですよね。これは、消費税の増税等で是正しなければいけません。

さて、所得の不意平等は、どこの国にも存在していますが、これに対してどう考えたらいいのでしょうか?不平等の「何が問題」で、「何を是正」するべきなのか、極端な不平等は社会を分断し、不安定化させ、貧困による健康被害や教育機会の喪失等、社会問題拡大の要因となり国民の意欲を減退させます。従って是正しなければなりません。是正する視点としては、社会正義・博愛の立場、社会安定の立場など様々視点がありますけれど、結局、「社会の効率性の担保と社会正義をどうバランスさせるのか」という点に尽きるのではないでしょうか。これに対してキチッとした正しい回答はありません。但し全ての不平等、これを解決するなどという事は、すべきでは無いし出来るはずでもありません。従って、極端な不平等を解決する事ということなのです。一例として皆さんにご認識いただきたいのは、現在日本では、高齢者への社会保障給付は年間平均で255万円と、色々な形で給付されています。一方でシングルマザーへは年間平均47万円しか配分されていません。このバランスはどう考えてもおかしい。ですから社会保障支出全体を、若者を育てるという観点で、高齢者からもっとグーッと若い世代にシフトしていくべきだと考えております。このように、「不平等の何を是正すべきなのか、どのように是正すべきなのか」は、それぞれの国家・国民が独自に考えなければならない非常にセンシティブで重要なテーマです。皆さんはどうお考えでしょうか。

このように、私益と公益について、やや抽象的なお話を申し上げてきましたが、最後に私が経験した新日鐵住金(当時は新日鐵)における私益と公益のバランスの実例をご紹介したいと思います。30年以上も前の話になります。私は今でも昨日の事のように、極めて鮮明に覚えておりますけれど、1985年のプラザ合意以降、急激な円高に対して、自動車や産業機械など皆、輸出産業が著しく影響を受け輸出量が激減しました。その結果、彼らは、大幅な価格ダウンを要請して参りました。これにより新日鐵は実質年間1000億円以上の赤字となり、このままでは、会社の存続すら危ぶまれる状況に陥りました。

こうした危機への対処として、社内に14名の取締役でSteel planning committeeを編成し検討を行いました。検討の結果、
① 余剰になっていた生産能力を適正化する事
② 年間4,600億円規模の、固定費を中心としたコストダウン
を実行する合理化計画を策定しました。そのためにまず、大幅な人員削減と製鉄所のシンボルでもある高炉を休止するということを決めました。しかしながら、高炉を持つ製鉄所の地域・労働組合・管理職は当然のことながら、反対いたしました。高炉の休止というのは、高炉のみならず周辺設備の休止も意味しますから、家族は勿論のこと、高炉を止める地域の商店街など全てへの影響が出る訳です。大量の転勤、市の人口減少、住宅などの資産価値の下落など、会社の問題だけではない訳です。したがって、どの高炉を具体的に止めるのか、ということに関しては、14名の取締役もそれぞれ異なる14のアイディアを持っており、これを一つの「全社ベスト」案にまとめ上げることは、実に困難を極める作業でした。地域や組合からの反対も加わり、社内は騒然とした雰囲気に包まれましたし、釜石から高炉の存続を求める12万人の署名が提出されたのもこの時期でした。当時の釜石市の人口は5万人位でしたから、釜石のみならず、周辺の市町村全てに影響を及ぼすという事だったのです。

固定費の大部分を占めるのは設備と人ですから、高炉および関連設備の休止を踏まえ、当時68,000人いた従業員を17,000人とする、実に75%の人員削減を断行しました。しかも基本的な考え方はレイオフをせずに断行するという事でしたから、転職先探し、新規事業の開発、ありとあらゆることをやりました。また転職する社員と会社に残る社員とが平等に生活できるように、転職先に移ったとしても、今までの給与との格差を補填する事も実行し、結果として会社は人員削減対策のために約一兆円のお金を使ったと思います。何とか、この目標を達成致しましたが、誠にもうこのような事は二度としたくはないと思っています。今日考えますと、会社の存続のためには、あの合理化なくしては、今日現在の新日鐵住金は存在せず、止むを得ない必要なことであったと考えております。思えば、まさに「私益と公益とをいかにバランスさせるか」に苦労した悩ましい出来事でございました。

このように、私益と公益のバランスというものは、常に考えておかねばならない重要なテーマであります。その適切なバランスは企業人の経営フィロソフィーをも反映するものであります。渋沢栄一が「論語と算盤は合一する」と言った言葉をよすがとして、私自身も適切なバランスとは何かについて今後も悩み続けて行きたいと思っております。

以上、ご清聴ありがとうございました。